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COLUMN

Curry Flight

文・写真:カレー細胞

ラーメンと並ぶ日本のソウルフード・カレー。こと近年は、めくるめくスパイスの芳醇な香りにトバされ、蠱惑の味わいに心を奪われる“中毒者”が後を絶たない。そして食べると同時に、語りたくもなるのもまたカレーの不思議な魅力だ。この深淵なるカレーの世界を探るために、圧倒的な知識と実食経験を誇るカレー細胞さんに、そのガイド役をお願いした。カレーは読み物です。

カレーを巡る、知的好奇心の旅。
今日もカレーで飛ぼう。知らないどこかへ。

第23便 カレーは日本が誇る国民食・・・なのか?

随分、前回のコラムから間が空いてしまいましたね。
2023年、私はたくさんのカレーイベントもプロデュースさせていただきました。
5月のゴールデンウィーク、西武池袋本店で『東京カレーカルチャーDX にっぽんカレー列島』、8月には渋谷で第3回目となる『ジャパニーズカレーフェスティバル』、そして年末年始には再び西武池袋本店にて『東京カレーカルチャーDX にっぽんカレー列島 冬の熱々笑福篇』などなど。

実はそれらすべての背景には共通の「思い」と「危機感」があります。

なんだか極私的コラムのようですが、共鳴してくださる方がいたらなあと思い書かせていただきます。

推し進むカレーライス再評価の波。

約一年前の「Curry Flight第22便 2023年カレーライスへの回帰。」では、熱を帯びた「スパイスカレー」ムーブメントを経たところから生まれる、日本独自の「ネオ・カレーライス」の可能性について書きました。カレーライスへの発展的回帰、このことは実際2023年のさまざまなトピックにも現れています。

2月22日が「カツカレーの日」に制定されたことは、世界的に注目を集める「KATSU CURRY」のオリジンが日本であることを示す大きな意味を持ちますし、「松本メーヤウ」台北進出は地方発、東京を経ずして海外進出する先駆的な事例になりました。東京でも大阪でもカツカレーや欧風カレーの新店が続々登場。大手カレーメーカーからも「スパイス感を意識したカレールゥ」が新発売されるなど、着実にニッポン独自のカレーライスの再評価・アップデートは推し進んでいると言えるでしょう。

創作カレーの人気店「WACCA」が2023末オープンさせた2号店は「カレースタンドワッカ」

と、こうは書いたものの、これはあくまで「カレーのトレンドウォッチ」に過ぎないのも事実。経済を動かす大きなうねりになっているかは甚だ疑問です。ここが問題。波は波でもまださざなみなのではないかと。

ニッポンカレーについての世界格差。

TasteAtlas2022/23「世界の伝統料理ランキング」では日本の「カレー(Karē)」が1位を取りました。「日本食」としてのカレーが世界で注目される一方で、当の日本では「カレーはインドのものじゃないの?」というコメントが目立っていました。この温度差よ!
実際、「二大国民食」として並べられるラーメンと比べ、カレー店の海外進出が少ないのには、そんな認識の格差もあるのでしょう。カレーの本場はインド、日本から世界に発信するものじゃない、と。 インドの伝統的なカレー料理と日本で独自進化したカレーはまったく別の料理なのにね。

昨夏開催した『ジャパニーズカレーフェスティバル』の1プログラムで、「JAPANESE CURRY WORLD SUMMIT」と題し、ロンドンとLAをリアルタイムで繋ぎながら日本のカレーがどう受け入れられているかについてカンファレンスを行ったのですが、なかなかに興味深い収穫がありました。

曰くイギリスではとある(日本人経営でない)日本料理チェーンからKATSU CURRY人気に火がつき、いまではそれを日本のものと意識せず人気メニューとなって「イギリスの国民食」とと言われたりしている。逆にLAでは、カレーは日本食として、日本食が好きな人に受け入れられている感があるそう。またパリで日本式の「欧風カレー」の店が人気になっているなど興味深い情報も。
(パリの人気”欧風”カレー店「Pontochoux」)

総じて言えるのは、「カレーの本場はインド」と思い込んでいるのは日本人だけということ。なんという機会損失!みんな本当に「カレーは日本の国民食」って思ってますか?

そんななか、12月には農林水産省認定・食品輸出促進団体に「全日本カレー工業協同組合」が選定されました。やっと、日本のカレーを本場日本から発信するお膳立てができたということですね。やっとです。

カレー1500円問題。

もうひとつ、日本カレーが直面している大きな課題があります。それは「たかがカレーに1500円以上払えない」というひとが多いこと。もちろん給食カレーやおうちカレー、大衆食堂のワンコインカレーが日本のカレー文化を広げ「国民食」と呼ばれる核であるのは間違いありません。その一方で、「単価が安い=料理としての格が低い」という先入観が根強いのも事実。これもカレーが寿司などと並ぶ、「日本が誇る食文化」として胸を張りづらい一因でもあります。500円のカレーもあれば2万円のカレーもある。そういった広がりを許容する気風がないとカレーの進化は難しい。

例えば「フレンチのシェフが腕によりをかけてつくったソース」と「フレンチのシェフが腕によりをかけてつくったソースにスパイスを組み合わせたカレー」とでは、後者の方が技術も手間もかかることは自明ですし。

ましてや外食の仕入れ原価が1.4倍になったという話も聞く今日この頃。コロナ明けから老舗のお店が次々に閉店したのも「原価の高騰とお客さんが許容する価格とに折り合いがつかなくなった」ことが大きな原因でしょう。

かつて時の首相が3500円のカツカレーを食べたことが報道された際「カレーなんかに3500円もかけるなんて庶民の感覚からずれてる!けしからん!」と怒っていた方が多数いましたが、あなたがディスってるのは首相じゃなくてカレーですよ・・・と思いましたもん。

みんな本当に「カレーは日本の国民食」って思ってますか?

ニッポンカレーの2024年。

とまあ、そんなこんな。 日本のカレーが世界から注目されているチャンスに、「カレーは日本の国民食」と言っている当の日本人が抱く先入観が大きなブレーキをかけていることへの危機感。それをほぐしていきつつ、日本カレーの多様性と、それが世界に誇る素晴らしい文化であるということをより広く伝えたいという思い。これを原動力として、共鳴する仲間たちと共に、冒頭に紹介したようなカレーイベントを続けているわけです。

そこから生まれる新しい価値に期待しながら。

ジャパニーズカレーフェスティバル2023「スパイスカレー43」によるミライのカレー「KAWAII CURRY」

ジャパニーズカレーフェスティバル2023「Vaji Spice」によるイノベーティブな「冷やしカレー」

西武池袋「にっぽんカレー列島 冬の熱々笑福篇」にて京都「INDIA GATE」と石川「ジョニーのビリヤニ」がコラボした新春特別メニュー「香箱蟹と伊勢海老のビリヤニ」

カレーを堂々と「日本の国民食」として世界発信するためには、カレー業界のなかだけの盛り上がりではだめです。たとえば和食やフレンチの一流シェフに「カレーってすごい」と発信してもらうことで何かが変わるかもしれないし、もっと地方食材の生産者と連携していくことで、価値の再発見があるかもしれない。もっともっと、いろんな業界の皆さんと複合チームを組んでいきたい。

ここからは「Team Curry JAPAN」。
2024年、ニッポンのカレーはどこまでいけるか。

できる限り、そのお手伝いをしていきたいという年初めの意思表明でもあるのでした。

次のFlightも、お楽しみに。

PROFILE

松 宏彰(カレー細胞)
カレーキュレーター/映像クリエイター

あらゆるカレーと変な生き物の追求。生まれついてのスパイスレーダーで日本全国・海外あわせ3000軒以上のカレー屋を渡り歩く。雑誌・TVのカレー特集協力も多数。Japanese Curry Awards選考委員。毎月一店舗、地方からネクストブレイクのカレー店を渋谷に呼んで、出店もらうという取り組み「SHIBUYA CURRY TUNE」を開催している。

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