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COLUMN

Curry Flight

文・写真:カレー細胞

ラーメンと並ぶ日本のソウルフード・カレー。こと近年は、めくるめくスパイスの芳醇な香りにトバされ、蠱惑の味わいに心を奪われる“中毒者”が後を絶たない。そして食べると同時に、語りたくもなるのもまたカレーの不思議な魅力だ。この深淵なるカレーの世界を探るために、圧倒的な知識と実食経験を誇るカレー細胞さんに、そのガイド役をお願いした。カレーは読み物です。

カレーを巡る、知的好奇心の旅。
今日もカレーで飛ぼう。知らないどこかへ。

第22便 2023年カレーライスへの回帰。

ここ10年ほどのあいだTVや雑誌で「最新カレートレンド」といえばほぼ「スパイスカレー」を指してきたように思います。 一皿の中でカレーをあいがけし、彩り豊かな副菜を加え、SNSにも映える盛りつけこそが「スパイスカレー」の代名詞、これが最新型のカレー。なんとなく皆そう認識しているのではないでしょうか?

けれど最近になって、そんなカレー事情に大きな変化の兆しが見えてきました。 一言でいえば「カレーライスへの回帰」です。 一体どういうことなのか?今回はカレー界の今後を占う、そんな話をしてみましょう。

スパイスカレーとは、ひとつの「時代」だったのかもしれない。

そもそも「スパイスカレー」という言葉には、皆が共通認識している定義がありません。 2000年代初頭に大阪でスパイスカレームーブメントが爆発した頃には、 「既製のカレー粉や小麦粉を用いず、スパイスを独自調合し、サラサラに仕上げた」というような条件で括られていましたが、それはあくまでも「括り」であって「定義」ではない。

それよりも寧ろEGO-WRAPPIN’の元ベーシスト後藤明人さんによる北浜『カシミール』の独創カレーに刺激された若者たちがカレーに表現の場を求め、既存のカレーのルールを取っ払った新しいカレーを生み出し始めた。そういうカルチャー的側面のほうが大きかった。 「既製のカレー粉や小麦粉を用いず、スパイスを独自調合し、サラサラに仕上げた」というのは全て、既存のカレーに対するアンチテーゼ。「スパイスカレー」とはトラディショナルな常識に対するカウンターカルチャーだったのです。

「カシミール」から直接影響を受けたオギミール氏による、スパイスカレー第二世代の代表格「コロンビアエイト」

音楽シーンで例えれば1990年前後の「ホコ天バンド」ブーム、映画史で例えればゴダールやトリュフォーによるヌーベルヴァーグのようなムーブメントだと捉えたほうが、大阪の「スパイスカレー」に対する認識はより正確になると、私は考えています。

「スパイスサロン バビルの塔」のあいがけカレー

やがて「スパイスカレー」の華やかで斬新なビジュアルは、SNSを通じて全国のカレーマニアの憧れとなり、メディアの注目を集めるようになります。 大阪スパイスカレーの代表店『旧ヤム邸』が東京進出した2017年頃になると、全国区メディアで「スパイスカレー」特集が頻繁に組まれ始めます。大阪から火がついた、見たことのない斬新ビジュアルのカレーたち。 私もこの頃、いろんなメディアの取材を受けたり書かせてもらったりしましたが、決まって最初に来る質問は「スパイスカレーの定義って、何ですか?」でした。 大阪ではなんとなく共有されていたであろう「スパイスカレーって大体そういう感じのもん」という曖昧さに対し、東京のメディアは「ひとつの正解」を求めてきます。

ところがカルチャー的文脈を抜きに「既製のカレー粉や小麦粉を用いず、スパイスを独自調合し、サラサラに仕上げた」カレーを「スパイスカレー」とした途端、南インドのカレーもスリランカのカレーもネパールのカレーも、北海道のスープカレーだって「スパイスカレー」に入れなきゃいけなくなった。まぁ、そうなりますよね。

というわけで、繰り返しになりますが私としては「スパイスカレー」とは、「90年代から2000年代にかけて大阪を起点に盛り上がった、食のカウンターカルチャー運動」であると捉えたほうが、自然なのではないかと考えているんです。

2023年現在、路上ライブから人気が出たバンドを「ホコ天バンド」と呼ばないように、ゴダールやトリュフォーが初期の映画スタイルを踏襲し続けたわけではないように、「スパイスカレー」の在り方も時代性に沿って変わっていくのだと、思っています。 余談ですが、「既製のカレー粉や小麦粉を用いず、スパイスを独自調合し、サラサラに仕上げた」という定義に則れば、現存する日本最古のスパイスカレーは銀座『ナイルレストラン』(創業1949年)のムルギーランチだと思います。

見えてきた、カレーライスへの回帰。

むしろ最近多く聞こえてくるのは「似たようなスパイスカレーがたくさんあって見分けがつかない」という声。お店も増え、様々なレシピも公開され、「スパイスカレー」が一定以上の市民権を獲得した今、カウンターカルチャーとしての意義はひとつの役割を終えたと言ってよいでしょう。

そんな中、関西でも関東でもある意味「当たり前」になってしまった「スパイスカレー」へのアンチテーゼとして、「カレーライス」の注目店が増えてきたことは注目に値します。

南インド・ケララ州の一流ホテルなどでスパイス料理技法をマスターした賀来シェフがその技術を生かしつつ、日本ならではのカレーライススタイルへの回帰を表明した西荻窪「フェンネル」はJapanese Curry Awards2022新人賞。

スパイスカレーのお膝元、大阪でも
クイーンが名曲「Bohemian Rhapsody」でロックの世界にオペラを呼び覚ましたように今、カレーライスが逆に新鮮!ということなのでしょう。

一周回った先の、ネオ・カレーライス。

カレーライスへの回帰、けれどもそれは単なる懐古趣味ではありません。
あくまでも、スパイスカレームーブメントによって表現の自由度を獲得したカレーがさらなる自由を求めた結果、行き着いたのがカレーライスだったと追う方が正しいでしょう。
先に述べたように、初期のスパイスカレーの暗黙の括りは、「既製のカレー粉や小麦粉を用いず、スパイスを独自調合し、サラサラに仕上げた」カレーでした。
しかしそれがカウンターカルチャーからコモディティ化して当たり前になった今、逆に表現の幅を狭める「縛り」になってしまったのではないでしょうか?
結果、「カレー粉や小麦粉を使ってもいいじゃないか。クリーミィでもいいじゃないか。」と、禁じ手を取っ払うのは当然の流れでしょう。

三嶋達也氏による「ドラマチックカリー ゴールデン中崎」。欧風カレーをあいがけしたり、カツを乗せたり、そこに出汁スープをかけたり。かつてのスパイスカレーの禁じ手はもはや存在しない

そしてもう一つ、多くのスパイスカレー店がインドとは異なる日本ならではの表現手法として、スパイスと出汁の融合に注力してきました。昆布や煮干、鯖や鯛などの「和出汁」、鶏ガラやモミジ、豚骨などの「中華系出汁」・・・斬新で独創的な出汁カレーが続々と登場。

しかし、さらなる新しい出汁を求めて、視点が西洋へと向かった時、フォンやブイヨン・・・あれ?これって明治の頃からカレーの大先輩たちがやってきたことじゃなかったっけ?と気づくのです。

2021年東大正門前に誕生した「欧風カレー ル・ムーラン」。欧風カレーならではの深いコクがありつつ、食後感は爽やかだ

はるかはるか遠くの世界まで旅し、辿り着いた先は子供の頃から好きだったあのカレーライスだったとは、なんて哲学的なのでしょう。

世界に誇る、新しいニッポンカレーの時代へ。

今、世界中で、日本のカレーライスへと熱い注目が集まっています。「KATSU CURRY」や「日式咖哩飯」という呼び名で。
しかしそこで注目されるのは、いわゆる「カレーライス」であり、今日本で人気の多種多様な「スパイスカレー」はあまり視野に入っていないようです。
確かに、海外からの視点に立ってみれば、「南インド風」だったり「スリランカのエッセンスを取り入れた」とかはあまり求めていなくて、より「日本オリジナル」なものに価値を感じるのは当然のこと。

だからこそ、国内で多彩に進化を遂げた素晴らしい現代カレーたちが、ここでもう一度、日本の伝統的なカレーライスとの絆を取り戻し、新しい「ニッポンカレー」としての姿を整えつつある動きは、とても価値のあるものだと言わざるを得ないのです。

スパイスカレーの代表店「旧ヤム邸」から独立した加藤シェフによる「カトゥール」。欧風の佇まいを感じるスパイスカレーだ。

宮城「3flavor curry」では、インドと日本の米をブレンドした「おにぎり」を中心に据え、カレーや副菜を構成する。

カウンターカルチャーとしての大阪スパイスカレームーブメントがもたらした、カレー表現の自由化。
そこから再び歴史がつながり、新たなニッポンカレーライスが生まれてようとしている。

2023年はそのターニングポイントの年になる。そんな予感がしているのです。

次回も、この大きな動きについてご紹介したいと思います。

次のFlightも、お楽しみに。

PROFILE

松 宏彰(カレー細胞)
カレーキュレーター/映像クリエイター

あらゆるカレーと変な生き物の追求。生まれついてのスパイスレーダーで日本全国・海外あわせ3000軒以上のカレー屋を渡り歩く。雑誌・TVのカレー特集協力も多数。Japanese Curry Awards選考委員。毎月一店舗、地方からネクストブレイクのカレー店を渋谷に呼んで、出店もらうという取り組み「SHIBUYA CURRY TUNE」を開催している。

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