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COLUMN

Curry Flight

文・写真:カレー細胞

ラーメンと並ぶ日本のソウルフード・カレー。こと近年は、めくるめくスパイスの芳醇な香りにトバされ、蠱惑の味わいに心を奪われる“中毒者”が後を絶たない。そして食べると同時に、語りたくもなるのもまたカレーの不思議な魅力だ。この深淵なるカレーの世界を探るために、圧倒的な知識と実食経験を誇るカレー細胞さんに、そのガイド役をお願いした。カレーは読み物です。

カレーを巡る、知的好奇心の旅。
今日もカレーで飛ぼう。知らないどこかへ。

第21便 冷やしカレーの夏。

今年の夏もまた大変な暑さですね。日本に来たインド人が「日本アツいねー!」ってのぼせちゃってるほどです。まあ、こうして年々日本が熱帯化してくると、熱帯地方の食べ物がどんどんおいしく感じてきてしまうわけで、それはつまり日本のカレーやスパイス料理文化がますます繁栄することでもあるのですよね。

それはさておき、今年は特に「冷やしカレー」という文字をよく見るようになりました。冷やし中華じゃなくて、冷やしカレー。
「え?冷めたカレーライスって美味しくないんじゃないの?」なんて思ってしまった貴方、ノンノン。カレーにもいろいろ、冷やして美味しいカレーだってあるんですよ。

カレーはアッツアツに限る、は思い込み?

一流と呼ばれるインド料理店のランチバイキングでもしばしば、冷めた状態のカレーと遭遇することがあります。アッツアツじゃない状態で提供されたカレーに対し、グルメサイトなどで厳しい評価も見受けられます。「料理はアッツアツに限る」「冷めたカレーなど論外」と決めている人にとってこれはもちろん大問題でしょう。
けれどよく考えてみれば、提供側が「冷めたカレー」を許容範囲として提供している、そしてそれが限られたお店だけでなく多くのインド人経営のお店で見うけられることこそが、実に興味深いことなのではないでしょうか。

インド料理にもいろいろあるし、TPOによって事情が変わるということはさておき、インドでは「料理はアッツアツに限る」とは限らないのです。特に手食を前提とする南インドの大衆食堂なんかでは、料理が常温に近い状態で出てくることは割と普通だったりもします。火傷しちゃいますし、そもそも暑いし。もちろん、湯気に乗ったスパイスの香りは期待できないけれど、ホールスパイスを口に含んだときの香りってのは残るし、グリーンチリの爽やかな辛さなんかはアッツアツじゃないほうが楽しめたりしますし。

南インド、アーンドラ・プラデーシュ州の料理に「パッチプルス」(Pachi Pulusu)というものあります。南インドでポピュラーなスパイシートマトスープ「ラッサム」のいわば冷製バージョンで、タマリンドウォーターをベースに青唐辛子や玉ねぎを加え、スパイスの香りを移した油をかけて仕上げるといったもの。冷たくてもスッパ辛くスパイシーで食が進む、まさに「冷やしカレー」なんです。

西荻窪「とらや食堂」で提供されていたホヤのパッチプルス

「料理はアッツアツに限る」という思い込みを一旦外せば、冷たくても美味しいカレーってのは確かに存在するのですよね。

2022夏、冷やしカレーの旅。

話を2022年の日本に戻しましょう。
記録的な猛暑の年らしく、関東・関西問わず冷やしカレーを提供するお店が多いように感じます。
これはとても面白いこと。なぜなら冷たい状態で如何にカレーらしく、如何にスパイシーに、如何に美味しく仕上げるか、そこには作り手の料理に対するアプローチや、創意工夫のポイントが明確に見えるからです。

「タリカロ」の冷やしミールス。

こちらは東京・西荻窪「タリカロ」の冷やしミールス。

南インド、アーンドラ・プラデーシュ州の料理を下敷きにした辛口料理を提供する「タリカロ」、前述したパッチプルス(写真で一番右側のカレー)をはじめとし、冷たくても美味しい南インド料理がバランスよく配置されたミールスです。
タマリンドの酸味、青唐辛子の爽やかな辛さが突き抜けるパッチプルスはもちろんのこと、面白いのがチキンカレー。具材であるチキンはカレーの外に出し、酸っぱ辛いチキンピクルとしてライスの上に並べているんです。ここに冷たいグレーヴィーをかけることで冷たいチキンカレーになるという、なんとも素敵なアイデアです。

「スパイスカレー43」の冷やしカレー。

こちらは大阪カレー界きってのアイデアマン「スパイスカレー43」の冷やしカレー。

テイクアウトのあんみつ?ってなパッケージが目を惹くテイクアウト用冷やしカレーです。

冷たいままのカレーとトロロをライスにかけ、混ぜながらいただきます。
ネバ!トロ!冷や!辛!のえも言われぬ楽しさを、梅干しの酸味がビシッと引き締めてくれるんですね。
これは完全に新しい食体験。食べてびっくりしました。この2店に限らず、私が今まで冷やしカレーをいろいろ食べて思ったのは、辛さだけでなく酸味をどう効果的に使うかが美味さの重要ポイントになっているな、ということ。
タマリンドにビネガー、トマトにレモン、梅干し・・・

まだまだ未知なるジャンルだけに、シェフの独創性がふんだんに発揮できる「冷やしカレー」の世界。

SNSで「冷やしカレー」と検索して、行けるお店に行ってみるといいでしょう。

きっと、HOTでCOOLな体験ができることでしょう。

さて、次回はどんなFlightをしてみましょうか。

PROFILE

松 宏彰(カレー細胞)
カレーキュレーター/映像クリエイター

あらゆるカレーと変な生き物の追求。生まれついてのスパイスレーダーで日本全国・海外あわせ3000軒以上のカレー屋を渡り歩く。雑誌・TVのカレー特集協力も多数。Japanese Curry Awards選考委員。毎月一店舗、地方からネクストブレイクのカレー店を渋谷に呼んで、出店もらうという取り組み「SHIBUYA CURRY TUNE」を開催している。

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