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COLUMN

Curry Flight

文・写真:カレー細胞

ラーメンと並ぶ日本のソウルフード・カレー。こと近年は、めくるめくスパイスの芳醇な香りにトバされ、蠱惑の味わいに心を奪われる“中毒者”が後を絶たない。そして食べると同時に、語りたくもなるのもまたカレーの不思議な魅力だ。この深淵なるカレーの世界を探るために、圧倒的な知識と実食経験を誇るカレー細胞さんに、そのガイド役をお願いした。カレーは読み物です。
 
カレーを巡る、知的好奇心の旅。
今日もカレーで飛ぼう。知らないどこかへ。

第9便 地元応援!
インネパ店を100倍楽しむ方法。

非常事態宣言が解除され、徐々に営業再開するカレー店も増えてきました。
しかし、気が緩みすぎるのもいけない。
私としても、いろんなお店を紹介して応援したい気持ちがありつつ、けれど特定のピックアップ店に客が集まり過ぎるのもよろしくないとも……。

そうだ。それぞれの人が、それぞれの地元にあるカレー店を応援すればいい。
遠出をするのではなく散歩がてら立ち寄って、苦境に立っている地元のお店を支えていくことが、今は大切だ。

大々的にメディアが取り上げることはないけれど、どこにでもあって、地域のカレー生活を支えている存在……いわゆる「インネパ店」。

今回は、あなたの地元にある「インネパ店」をもっと楽しむための、とっておきの方法をご紹介。徒歩圏内で楽しめる、小さな旅へとご案内しましょう。

「インネパ店」ってなに?

「インネパ店」とは、ネパール人によるインド料理店のこと。
実は日本全国に4、5000軒あるインド料理店の中で、インド人経営のお店はごくわずか。
その殆どがネパール人によるお店なのです。(ほかにパキスタン人、バングラデシュ人、日本人によるお店があります)

春日部「シリジャナ」。看板にはインドと書いてあるがネパールの国旗がはためく。

バターチキン、ナン、タンドリーチキンという、わかりやすいインド料理を押し出しているのが特徴で、日本人に受けるインド料理をアピールしつつも、自らのアイデンティティの証として店内にエベレストやヒマラヤの写真を飾っているのが目印となります。

ヒマラヤ写真はインネパの魂。「ナマステ朝霞」にて。

ディナーメニューにネパール餃子「モモ」があるのもわかりやすい特徴。
タイ料理やベトナム料理までメニューにあることも。

お花茶屋「ひまわり」のセットにはフライドライスやベトナムの生春巻が付いている。

それでは、みなさんの家の近くにもきっとあるインネパ店を楽しむ4つの方法をお教えしましょう。

カレー細胞式 インネパ店の楽しみ方 その1 スープカレーを狙おう。

志木「ルチ」のゴマスープカレー。ゴマとニンニクにエビ、イカ、アサリ、マトン、鶏肉、野菜と満漢全席の旨味爆発。

多くのインネパ店で看板メニューとなっているお馴染みバターチキン、ナン、タンドリーチキン。

けれどもこれらの料理、日本に来て初めて食べたというコックも多いのです。

詳細は割愛しますが、ネパールから日本に来た時に「日本ではこの料理が人気」と教わり、タンドール窯と初めて接し、作り方を習得する。
つまりインネパ店の一般的なインド料理は、あくまで日本人に向けたテンプレート料理なのです。

ラストオーダー間際や、ランチのピーク後にお店にいると、ネパール人スタッフが賄いを食べている場面に遭遇することがあります。
彼らが食べているのはクリーミィなバターチキンではなく、シャバシャバなスープ状のネパール式カレー。
彼らのDNAに刻まれているのは、むしろこっちの味なのです。

インネパ店のカレーメニューをよく見てみると、最後のあたりにこっそり「スープカレー」という文字が書かれていることがあります。
実はこれこそが、彼ら自身が食べているネパール式のカレー。
日本人に売れなくても自分で食べる、もしくは閉店後遊びに来るネパール人仲間と食べるカレーなのです。

新馬場「サンローズ」のスープカレー。具材は鶏肉とネギのみだがメチャクチャ滋味深い。

私はこの「スープカレー」(もしくはネパールカレー)という文字を見たらすかさず注文します。
シェフ自身が美味いと思っている味が最高だと思っているからです。
日本人受けを考えなくて良いので、味付けも大胆なことが多いです。
ニンニクと生姜がガッツリ効いて、ティムルというネパール山椒がスーッと香って……。

メインのインド料理はほかと変わらないお店でも「スープカレー」だけはシェフの個性全開な場合も多く、「やるじゃん!」と思うこともしばしば。

注意したいのは、このネパール式スープカレーに合わせるのは絶対にライスということ。
ナンとは絶望的に合いません。
ピザに味噌汁をかけるようなものです。
そしてもう一つ。
選べるなら辛口の方が絶対美味いです。

「ナマステ朝霞」のネパールカレー。ネパール山椒「ティムル」が効いている。

最近は、堂々とネパール料理をオンメニューする店も増えてきましたが、「スープカレー」と言い方をごまかしながらの、密かな愉しみにそそられるのです。

カレー細胞式 インネパ店の楽しみ方 その2 居酒屋使いで楽しもう。

米食が多く、ニンニク、塩、生姜が料理の決め手となることが多いネパール。
その味覚センスは、日本の居酒屋ニーズにドンピシャマッチ。
実際多くのネパール人が日本の居酒屋や焼鳥屋で働いているのですが、ツボを心得た味付けと、焼き加減のセンスは抜群。
インネパ店でも焼き鳥やモツ煮などの居酒屋メニューがよくありますが、大抵はお値段以上のクオリティです。

某ネパール系店で私がいつも頼むのはつくね。150円で圧倒的クオリティ!

ネパール料理でもセクワ(串焼き)、チョエラ(肉焼スパイスマリネ)、スクティ(濃厚な干し肉)あたりはお酒に合う定番。

珍しい専用マシーンで焼くセクワ。大久保「セクワガル」。

お酒も焼酎や日本酒など手広く置いている店が多く、インネパ店を居酒屋使いにすれば、普通の居酒屋以上の満足感が得られるでしょう。

私が好きなのはネパールのククリラム。コーラで割れば世界一旨いラムコークに。「ハヌマン中延店」。

本郷「きがる」はほぼ居酒屋だ。

カレー細胞式 インネパ店の楽しみ方 その3 創作アジアンを楽しもう。

仏教徒の多いネパール。
宗教戒律で食材が制限されるムスリムやヒンドゥーと異なり、扱える食材の自由さから、ネパール人はインドやドバイのホテルの厨房でも重宝されています。
多くの場合、彼らが担当するのはインド料理ではなく、タイ料理やベトナム料理、中華料理など。

インネパ店でたまに見かける、
「インドの三ッ星ホテル出身、本場シェフによるインド料理」
という言い方は、ちょっと意地悪な見方をすれば、
「インドの三ッ星ホテルで中華を担当した、本場ネパールのシェフによる日本人向けインド料理」
という可能性を残しているわけですね。

でもそれは決して悪いことではありません。
インネパ店にタイのガパオライスやベトナムの生春巻があるのはそれが理由。

ホテルで修業しただけあってちゃんと美味いし、多くの国の料理経験があるから、創作料理のアイデアも豊富。
ちょっと日本人では思いつかないような最高の料理と出合えることだってあるんですよ。

「ガネーシャ東麻布店」ではインド料理をカツカレーにできる。

「ハヌマン中延店」のトムヤムとうふ。酸っぱさに花椒の痺れとニンニクが効いて最高!

カレー細胞式 インネパ店の楽しみ方 その4 お店の人と仲良くなろう。

表向きは本場インド料理のお店としての顔。
けれど本当は、地域に溶け込もうと頑張っているネパール人のお店としての顔もあります。
通いやすいインネパ店を見つけたら、是非スタッフに話しかけてみてください。

ネパール料理の質問でもいいし、ご出身はどこですか?という質問でもいい。
バターチキン、ナン、タンドリーチキンにしか興味がないと思っていた日本人が、自分の国とその料理に興味を持ってくれることは、彼らにとって大きな喜びです。
ぐっと、心の距離が縮まることでしょう。

店主とネパール話をしながら飲むネパール焼酎は格別!

仲良くなれば、裏メニューを出してくれるかもしれません。
逆に、頑張って練習したタンドリーチキンも食べてみてよ、と勧められるかも知れません。

航空チケットが高くて、何年も故郷に帰っていないシェフも多いのが実情。
ご近所の顔なじみができることが、彼らにとってどれだけ心強いか。

地域のインネパ店は、地域のファンが守り、育てていくもの。
遠出をあまりしない今だからこそ、すぐ近くにある異国へと通ってみませんか?

さてさて、次回はどんなFlightになるのでしょうか。

PROFILE

松 宏彰(カレー細胞)
カレーキュレーター/映像クリエイター

あらゆるカレーと変な生き物の追求。生まれついてのスパイスレーダーで日本全国・海外あわせ3000軒以上のカレー屋を渡り歩く。雑誌・TVのカレー特集協力も多数。Japanese Curry Awards選考委員。毎月一店舗、地方からネクストブレイクのカレー店を渋谷に呼んで、出店もらうという取り組み「SHIBUYA CURRY TUNE」を開催している。

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