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COLUMN

Curry Flight

文・写真:カレー細胞

ラーメンと並ぶ日本のソウルフード・カレー。こと近年は、めくるめくスパイスの芳醇な香りにトバされ、蠱惑の味わいに心を奪われる“中毒者”が後を絶たない。そして食べると同時に、語りたくもなるのもまたカレーの不思議な魅力だ。この深淵なるカレーの世界を探るために、圧倒的な知識と実食経験を誇るカレー細胞さんに、そのガイド役をお願いした。カレーは読み物です。
 
カレーを巡る、知的好奇心の旅。
今日もカレーで飛ぼう。知らないどこかへ。

第10便 カレーのお値段、いくらまで?

新型コロナが全世界を席巻してもうすぐ半年。
「新しい生活様式」というキャッチコピーには特定ビジネスの利権を感じ、素直に使いたくない私だけれども、いままでなんとなく先送りにしていた問題が暮らしを直撃し、いろいろな物事を再定義しなければならない状況であることに違いはありません。
この先送りにしていた問題とは多くの場合、技術と労力への対価と、目に見えるカタチはあるが労力を伴わない部分への対価のアンバランスだったりするのです。

話をカレーに向ければ(そうですよね、これカレーのコラムですもんね)、どれだけ厳選された食材を使い、手間と技術をかけて作ったとしても、一皿のカレーに3000円払う人は少ない。
目に見えるカタチが「たかがカレー」だからなのですよね。
で、どうするかといえば、薄利多売でガンガン売るか、カレーとは別の部分、お酒で儲けるか、となるわけです。

「待ち時間0分」で知られる老舗「サカエヤ」の庶民派ポークカレー 600円。

ところがこのコロナ禍で店内需要が減ることによって、カレーに容器代や送料が乗ってくる。
お酒が出ない分カレーの売価を上げないと商売が成立しなくなってくる。
すると、「たかがカレーなのに高すぎる」と言い出す人がどんどん出てくるわけですね。

ちょうどよい機会、今回はこの「カレーの値段」について考察してみましょう。

3500円のカツカレーは高すぎる?

2012年9月、安倍晋三自民党総裁選の決起集会が赤坂のホテルニューオータニで行われ、安倍氏がここで3500円のカツカレーを食べたと報道され話題になりました。
当時の安倍氏としては、第一次政権時の首相辞任の理由が潰瘍性大腸炎の悪化と言われており、通称「カレーが食べられなくなる病気」潰瘍性大腸炎が快方へ向かっているというアピールもあったのでしょうが……。
当時のメディアの報道や、SNSの反応は、「カツカレーに3500円も払うなんて庶民感覚からズレている、無神経だ」というものが多かったように記憶しています。

ニューオータニのレストラン「SATSUKI」の3500円カツカレー。
食レポしていたのが私くらいだったのでTV局から写真使用の連絡がきたものです。

これが和食やフレンチ、イタリアンだったら、どうでしょう?
「3500円も払うなんて庶民感覚からずれている、無神経だ」なんて言われるでしょうか?
このとき思ったのは、「カレーって随分低く見られているんだなぁ」ということです。

一杯のカレーライスに、いくらまでなら払う?

先日、ツイッターでアンケートを取ってみました。

『一杯のカレーライスに、いくらまでなら払う?』
(1)1000円(2)1500円(3)2000円(4)3000円

24時間で2502票が集まった結果がこちら。

ボリュームゾーンが1000円から1500円、およそ66%が1500円以内であり、2000円台でもOKと答えた人はわずか10%という結果となりました。
もちろん回答者は、カレー情報を発信するアカウント(カレー細胞:@hm_currycell)のフォロワーがメインですから、世間一般と比べカレー熱が高い方々。
一般的にはカレーライスに払える値段は1000円から1500円まで、2000円を超えると手が出ないというのがリアルなところでしょう。

このあたりはラーメンとも事情が似ていて、家でも即席で食べられるほど庶民化したメニューに外食だからと言ってそんなに出せない。
カレーは庶民のものであってほしい。
というのが主流なのではないでしょうか。

海外では?

カレーと聞いて私たちがイメージするカレーライスは、海外ではJapanese foodにカテゴライズされます。
つまり「和食」。
それなりのステータスがあり、価格設定も然り。

南米チリ・サンチアゴの日本食レストラン「SHOO-GUN」のカツカレーライス 12500ペソ、日本円で約2000円。

タイ・バンコクの「CoCo ICHIBANYA」では和食らしく鮭の照り焼きがトッピング。値段は220バーツ、日本円で約750円。
40バーツで人気店のカオマンガイがいただけることを考えると立派な値段です。

また、日本ではカレーのカテゴリに入れられるインド料理だって、海外ではアッパーなレストランが多く、日本円で1万円や2万円する店だってあるんです。

バンコク・スクンビットの「Bawarchi Indian Restaurant」はアッパーな雰囲気。
こちらとビール2杯で1189バーツ=約3500円。

日本の高級カレー

もちろん、日本にだって3000円を超えるカレーはありますが、その多くは高級ホテルやフレンチという文脈で提供されるもの。
つまり、「カレーに3000円は出せないがフレンチなら安いもの」というわけです。
「志摩観光ホテル」の伊勢海老カレーは14762円、「レストランアラスカ」の極上、黒毛和牛のスペシャルカレーランチセットは6820円といった具合。
純粋なカレー店としては、荻窪の欧風カレー名店「トマト」のシーフードカレーが3200円。
今年2月にはアパレル事業で知られるベイクルーズが新宿NEWoManに「咖喱屋ボングー」をオープンし話題となりました。

「咖喱屋ボングー」の贅沢ビーフカレー(ビーフ450g) ¥3200

「トマト」も「ボングー」も手間をかけた欧風カレー(そもそも欧風カレー自体フレンチにルーツがあります)であり、具材の贅沢さに力を入れているところにも高価格の説得力がある点で共通しています。
いずれも、価格に見合う満足度の料理ですよ。

「カレー」というコトバの呪縛

けれど、そもそも「たかがカレーに3000円は出せない」理由は、カレーがあまりにもニッポン庶民の食生活に密着しているから。
基準は今でも、お家で食べるカレーやレトルトカレー、給食のカレーにあるんですね。
これは良くも悪くも固定観念、いわば呪縛のようなものと言ってよいでしょう。

「カレー」はあくまで日本食、その呪縛がない海外では現在モダンインディアンキュイジーヌやモダンスパイスキュイジーヌという潮流があり、高級フレンチと肩を並べる、いやそれ以上の華やかさを競い合っています。
それはもはや「3000円は出せない」とは別の世界。

東南アジアはモダンスパイスキュイジーヌの宝庫。バンコク「OSHA」にて。

実は日本にもあるんですよ。
モダンスパイスキュイジーヌ。

北九州「KALA」の客単価は約2万円。
「カレー」という先入観なしに楽しんでもらうため、食べログの「カレー」カテゴリから外してもらうという徹底ぶり。

「KALA」のモダンインディアン。最近はタイ料理もモチーフとしている。

2019年秋、銀座に鳴り物入りで登場した「TOKYO SPICE LAB」は8800円からのコースのみ提供。
従業員はまず、店の料理をカレーと呼ぶことを禁じられるそうです。

「TOKYO SPICE LAB」のモダンインディアンコースはストーリー仕立て。

こうして、「たかがカレー」との闘いは続くわけですが……。
個人的には「カレー」という言葉のまま、その概念への寛容度がもっと広がったらいいなと思うのです。

500円のカレーもあれば、2万円のカレーもあって良い。
これこそが「新しいカレー様式」。

さてさて、次回はどんなFlightになるのでしょうか。

PROFILE

松 宏彰(カレー細胞)
カレーキュレーター/映像クリエイター

あらゆるカレーと変な生き物の追求。生まれついてのスパイスレーダーで日本全国・海外あわせ3000軒以上のカレー屋を渡り歩く。雑誌・TVのカレー特集協力も多数。Japanese Curry Awards選考委員。毎月一店舗、地方からネクストブレイクのカレー店を渋谷に呼んで、出店もらうという取り組み「SHIBUYA CURRY TUNE」を開催している。

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