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COLUMN

Curry Flight

文・写真:カレー細胞

ラーメンと並ぶ日本のソウルフード・カレー。こと近年は、めくるめくスパイスの芳醇な香りにトバされ、蠱惑の味わいに心を奪われる“中毒者”が後を絶たない。そして食べると同時に、語りたくもなるのもまたカレーの不思議な魅力だ。この深淵なるカレーの世界を探るために、圧倒的な知識と実食経験を誇るカレー細胞さんに、そのガイド役をお願いした。カレーは読み物です。
 
カレーを巡る、知的好奇心の旅。
今日もカレーで飛ぼう。知らないどこかへ。

第13便 出汁とカレー。

さまざまな食ジャンルとの融合が進むここ数年のカレー界。

中華、フレンチ、イタリアン、そしてジェラート……。

そんななかでも、最も自然かつ大きな可能性をはらんでいるのが、「出汁文化」と「カレー」の融合です。大阪のスパイスカレー文化においては、いまや超定番とも言うべき「出汁カレー」。今回はその魅力について掘っていきましょう。

そもそも「出汁」って?

「出汁」(だし)は元来、「煮出汁」(にだしじる)の略。食材を煮出し、その旨味を抽出した汁です。

昆布出汁や鰹出汁などの和風出汁以外にも、中華の鶏ガラスープやフレンチのフォン、ブイヨンも出汁にあたりますが、ここでは主に「和風出汁」を扱っていくことにしましょう。

昔から日本に存在した出汁カレー文化。

出汁が利いたカレーと聞いて真っ先に頭に浮かぶのは「蕎麦屋のカレー」でしょう。蕎麦に用いる出汁やつゆを加えたカレーは鰹や昆布の旨み抜群。私も時々食べたくなってしまいます。日本はもともと旨みにうるさい国民性。西洋文化として入ってきたカレーにも旨味を加えようと考えるのは、自然の流れだったのでしょう。

ちなみにカレー南蛮の発祥は明治後期。早稲田にあった「三朝庵」という説と、大阪に合った「東京そば」という説がありますが、おそらくどちらも正しいのでしょう。当時はカレーの人気に押され既存の飲食店への客足が減っていたそうで、あちこちの店がカレーメニューを取り入れ始めたというのが実際のところではないでしょうか。

出汁の旨味が素晴らしい中目黒「朝松庵」のカレー南蛮そば

蕎麦やうどん以外に、浅草のコメディアンたちが通った老舗喫茶「ピーター」のカレーライスにも和風出汁が用いられているんです。

大阪カレー界を席巻する出汁カレー。

いわゆる「蕎麦屋のカレー」という枠を超え「出汁×カレー」の意識的な取り組みが広がったのは大阪でしょう。

90年代からジワジワと拡がり、2010年代になって爆発的なムーブメントとなった大阪スパイスカレー。既存のカレーライス文化へのカウンターカルチャーとして、インドやスリランカの要素を取り入れたオルタナティブなカレーを生みだしてきた大阪ですが、ここ5年ほどで急激に、和出汁を積極的に用いる店が増えてきました。

元々うどんや粉もんといった出汁文化が盛んな大阪では、旨味の良しあしが評価の分かれめになることもしばしば。香り主体の南インド料理がなかなか伸びず、鰹(厳密にはハガツオ)の旨味を活かしたスリランカ料理が受け入れられたのが良い例でしょう。

カウンターカルチャーとして広がったスパイスカレーが伝統的な出汁文化に回帰していく流れは、食文化の歴史としても興味深い現象ではないでしょうか。

出汁を駆使するカレー店は「堕天使かっき~」「はらいそSparkle」など、かなりの個性派揃い。出汁とカレーの組み合わせがいかに多くの可能性を秘めているかがわかります。

懐かしさと新しさが共存する「はらいそSparkle」のカレーに和出汁は欠かせない

北新地「渡邊咖喱」のカツカレーには鯛出汁が用いられている。和出汁による既存のカレー文化の再構築だ。

再構築が進む出汁×カレー最前線

近年はさらに押し進み、「出汁カレー」自体の分解・再構築もはじまっています。これは実に大変なことで、「カレー」というあいまいな概念すら超えてしまいかねない料理が生まれ始めているのです。

例えば、大阪の注目店「お出汁とスパイス 元祖エレクトロニカレー」(通称ガンエレ)。鯖やいりこなどの魚介に干ししいたけ、昆布、鶏ガラなど毎日出汁を引くところから仕込みます。寸胴を用い、ほぼラーメンのような仕込みで、どこかラーメンスープのような旨みにスパイスの香りが加わった味わいに。間違いなくカレーではあるんだけど、他に似たものがない独自の料理に仕上がっているんです。さらに2号店である「魁!エレクトロニカレー」では「出汁カレー定食」というスタイルでの提供。これをカレーとみるか、定食とみるか。どちらも正解なのです。

「魁!エレクトロニカレー」の出汁カレー定食。爆発する旨味が凄い!

新店では「はぐ寧」(はぐね)に注目。和食歴20年以上の店主がその経験をもとにカレーの分解と再構築に挑戦しています。和出汁はもちろん、ワサビや生姜など和のスパイスも用いるなど、「カレーなのに和食」「和食なのにカレー」という絶妙な落としどころを実現、これからの進化にも大いに期待です。

和カレーに付き出汁、おばんざい、とろろ、漬物、天麩羅までついた「はぐ寧カレー膳」

近年は生活習慣病や高血圧を予防するため、塩分を控え出汁の旨味で満足感を維持する動きが全国的に広がっているそう。

出汁によるカレーの再構築はこれからもどんどん進んでいきそうです。

さてさて、次回はどんなFlightをしてみましょうか。

PROFILE

松 宏彰(カレー細胞)
カレーキュレーター/映像クリエイター

あらゆるカレーと変な生き物の追求。生まれついてのスパイスレーダーで日本全国・海外あわせ3000軒以上のカレー屋を渡り歩く。雑誌・TVのカレー特集協力も多数。Japanese Curry Awards選考委員。毎月一店舗、地方からネクストブレイクのカレー店を渋谷に呼んで、出店もらうという取り組み「SHIBUYA CURRY TUNE」を開催している。

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