COLUMN

Curry Flight

文・写真:カレー細胞

ラーメンと並ぶ日本のソウルフード・カレー。こと近年は、めくるめくスパイスの芳醇な香りにトバされ、蠱惑の味わいに心を奪われる“中毒者”が後を絶たない。そして食べると同時に、語りたくもなるのもまたカレーの不思議な魅力だ。この深淵なるカレーの世界を探るために、圧倒的な知識と実食経験を誇るカレー細胞さんに、そのガイド役をお願いした。カレーは読み物です。
 
カレーを巡る、知的好奇心の旅。
今日もカレーで飛ぼう。知らないどこかへ。

第14便 地元民しか知らない?ご当地カレーライス。

スパイスカレーにインドカレー、スリランカカレー、中華カレーにスープカレー……、多種多様なカレーが溢れかえる今。どこからどこまでがカレーなのか? 一体カレーの定義ってなんなんだ? なんて混乱する人がいるかもしれません。

そんな時、基準となるのはやはり、子供の頃食べた「あの」カレーライスの味でしょう。いま食べたその食べ物が、記憶の中のカレーとリンクすればそれはカレーと言って良いのです(極論ですが)。ところが、日本で育ったわれわれにとって「共通の記憶」と思っていた「あの」カレーライスにも実は地域差があるんです。

今回は日本各地の、地元民が当たり前のように知っているのに、全国的にはほとんど知られていないご当地カレーライスのお店を紹介しましょう。

【富士宮】カレー皿は直径30cmが基本!?「華麗屋」

日本一の山、富士山を擁する富士宮の街。ご当地グルメとしては焼きそばが有名ですが、近年カレーの盛り上がりにも注目なのです。ただし行って驚くのは、富士宮カレーのお皿のデカさ。皿の直径30cm、ご飯の量300gが基準って、ちょっと全国平均と高低差が大きすぎませんか?

実はひと昔前まで、富士宮のカレー屋と言えばこの「華麗屋」。皿の直径30cm、ご飯の量300gってのはそう、この店のデフォルトだったんですね。富士宮で育った人たちにすれば、これが基準となるわけで……。

ドライカツカレー ¥800

「華麗屋」が面白いのは、ライスをドライカレーやキムチライス、うどんに変更可能なところ。カツカレーのライスをドライカレーに変えたのがこの「カツドラ」です。写真ではカツが小さく見えますが、実際にはそうじゃなく、お皿が巨大なのです。静岡県民はとにかく「お腹いっぱいになってもらう」ことがおもてなしであるという意識がとても強いそうで、そんな県民性がカレーにも現れているんですね。

【和歌山】庶民に親しまれる元祖・和歌山カレー。
「カレーショップ バラ 日赤前店」

創業1960年。和歌山のソウルフードにして、元祖・和歌山カレーと言われる「バラ」。東ぶらくり丁で開業した本店は2013年に焼失。現在、元祖の味をもっともよく受け継いでいると噂されるのがこの「日赤前店」です。

全国的には全くといっていいほど知られていないこのお店ですが、和歌山では誰もが知る味。スーパーでは「ばら」の冷凍カレーが販売されていたりもするんです。

バラカレー ¥800

ヘレカツ、エビフライ、ソーセージ、小松菜がトッピングされた「ばら」の看板メニュー。一口食べて舌に感じる独特の苦味。普通のようでいて普通じゃない個性を放っています。これは子供の頃食べたら絶対記憶に刷り込まれる味ですよ。老舗ならではの揚げ物のクオリティにも唸らさせられます。

【愛媛】甘くなければ流行らない?松山の独特メソッド。
「キッチンライオン」

愛媛の名物グルメは、みんな甘めの味付けが特徴。甘いタレの今治焼き鳥に甘いつゆの鍋焼きうどんに……「甘くなければ流行らない」との言葉もあるほど。だから松山のカレーも甘みが決め手、と言われているのですが、松山でトップクラスの老舗人気店は、それほど甘くない。

「キッチンライオン」は創業1964年。松山市民のソウルフードとも呼ばれる老舗カレー屋さん。関西同様、カレーの基本はビーフ。

海の幸カレー ¥980

海老フライ&帆立フライ&カニクリームコロッケの贅沢仕立て。よく煮込まれ、牛肉のコクが染み出したルゥは甘みだけでなくほろりとした苦みもあり、シンプルで食べやすいカレー。そんな中にも端正さが感じられるのは老舗ならでは。

他のカレーが甘い松山で、全国的には一般的な辛さのこの店が「スパイシーなカレー店」として評価されているのは面白いところです。

ちなみに卓上にはソースが置かれており、カレーにかけていただくのもオツなもの。西日本ではカレーにソースをかけるのは案外普通でして、東京のみなさんが「カレールゥではなくカレーソースというべき」と主張しているのに対し私がしっくりこないのも、「カレーソースって、カレーの上にかけるソースだからなぁ」って感覚があるんです。

【大分】ご当地カレーライスはベーシックかつ濃厚。
「カレーヤ」

創業1968年。大分市民のソウルフード「カレーヤ」。垂れ目のシェフ人形がトレードマークです。基本のカレーはもちろんビーフです。

ビーフカレー ¥500

これこそカレーライス。程よい辛さと、濃厚なカレー粉感。決して華がある味ではないし、決してインスタ映えしない、ベーシックといえばあまりにベーシックなカレーなのだけれど、不思議とまた食べたくなる味なのです。

いかがでしたか?
あなたのふるさとにもきっと、地元に根付いた「普通のカレーライス」があったはず。自分のカレーの原点に立ち返ってみるのもまた、楽しいことですよ。

カレーを巡る、記憶の旅。
さてさて、次回はどんなFlightをしてみましょうか。

PROFILE

松 宏彰(カレー細胞)
カレーキュレーター/映像クリエイター

あらゆるカレーと変な生き物の追求。生まれついてのスパイスレーダーで日本全国・海外あわせ3000軒以上のカレー屋を渡り歩く。雑誌・TVのカレー特集協力も多数。Japanese Curry Awards選考委員。毎月一店舗、地方からネクストブレイクのカレー店を渋谷に呼んで、出店もらうという取り組み「SHIBUYA CURRY TUNE」を開催している。

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