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COLUMN

Curry Flight

文・写真:カレー細胞

ラーメンと並ぶ日本のソウルフード・カレー。こと近年は、めくるめくスパイスの芳醇な香りにトバされ、蠱惑の味わいに心を奪われる“中毒者”が後を絶たない。そして食べると同時に、語りたくもなるのもまたカレーの不思議な魅力だ。この深淵なるカレーの世界を探るために、圧倒的な知識と実食経験を誇るカレー細胞さんに、そのガイド役をお願いした。カレーは読み物です。

カレーを巡る、知的好奇心の旅。
今日もカレーで飛ぼう。知らないどこかへ。

第17便 みなと神戸はカレーの街。

#神戸をカレーの街に というハッシュタグがあります。
神戸のカレー店「ラージクマール」オーナーの片山さんが提唱している活動なのですが、私自身が神戸出身ということもあり、密かに応援をしていました。 けれども実はそこに、個人的に気になるニュアンスもあったのです。

そもそも昔から「神戸はカレーの街」ではなかったの?

カレーの街 神戸3つのキーワード

神戸が日本トップクラスの「カレーの街」であり続けた理由、そこには「華僑文化」「印僑文化」「洋食文化」という3つのキーワードがあります。

古くより港町として栄えた神戸には海外の文化がいち早く入ってきたのと同時に、海外から移住してきた商人たちが住み着き、コミュニティを形成してきました。「華僑」および「印僑」と呼ばれる人々です。

「華僑」は広く一般に知られる通り、国境を越えた中華系のコミュニティ。神戸では広東系の人々が多く、香港やベトナム、タイ、シンガポールなど、東南アジア全域へのネットワークと繋がっているのがポイント。

観光的にいえば中華街「南京町」が有名ですが、華僑コミュニティ的にはその北側、元町駅近辺から駅北側の坂道エリアが中心で、素晴らしい華僑系レストランもこの辺りに点在しています。

カレーが名物の中華料理店もたくさんあるし、中華な看板ながら東南アジア料理がいただける店もたくさんあるのです。

「香美園」の名物カレー

マレーシア・ペナンの料理を提供する「梅花」のナッスルマ

「印僑」は、インド系移民のコミュニティ。

明治時代から、東西を代表する港町、横浜と神戸には貿易に携わるインド系の人々が多く住み着きはじめました。ところが関東大震災を機に、横浜を離れたインド人たちが神戸に集中。

布や繊維を商うシンド人、雑貨や自動車部品を商うパンジャーブ人、伊勢志摩の真珠など宝石を商うグジャラート人などにより、神戸には日本初・最大規模の「印僑」コミュニティーが形成、今では三世、四世の代へと続いています。

1963年オープン、神戸で一番古いインド料理店「デリー」

その主たるエリアは三ノ宮の北側、異人館で有名な北野界隈。日本最古のモスクや、日本唯一のジャイナ教寺院もあり、コミュニティが深く根づいていることがわかります。

北野のジャイナ教寺院

日本全国にスパイスを卸している「神戸スパイス」があるのもこのエリアですね。当然のごとく、現地式のインド料理店やパキスタン料理店も多いです。

ムスリム御用達「Ali’s Halal Kitchen」のハリーム

「クスム」の北インド家庭料理

そして、華僑、印僑とならび、神戸カレーの歴史を語る上で欠かせないのが「洋食文化」。

港町神戸には明治時代からハイカラな西洋料理のお店が多く、フライ、シチュー、ビフテキと並んでカレーが定番。今では街の至るところに、リーズナブルで質の高い洋食を提供する小さなお店が無数に存在しています。洋食カレー、欧風カレーの専門店もハイレベルで、洋食カレーを楽しむなら神戸は圧倒的日本一の街だといえるでしょう。

マリリン・モンローもハネムーンに訪れた旧オリエンタルホテル。その名物だったカレーを復刻した「Sion」

唯一無比の美味さを誇る「洋食屋 双平」のミンチカツカレー

「華僑文化」「印僑文化」「洋食文化」、この3つの確かな軸があり、神戸のカレー文化は日本トップクラスの深度を維持してきたのです。

なぜ、「神戸はカレーの街」じゃなくなったの?

なのに今、「神戸はカレーの街」という印象が薄い理由は2つ。ひとつは大阪スパイスカレームーブメントの盛り上がりで存在が霞んでしまっていること。そしてもう一つは神戸カレーの「華僑文化」「印僑文化」「洋食文化」という軸がそれぞれ個別であり、カレーという一つの旗印で必ずしも連携しているわけではないということが挙げられます。
実際神戸では、若手カレー店店主と華僑系、印僑系、洋食系オーナーの間の交流もそう多くなく、対外発信の面で大阪に大きく差をつけられてしまいました。

その意味で #神戸をカレーの街に というハッシュタグには意味があるし、歴史ある神戸のカレー文化を再評価することにもつながるはず。

神戸には新しい世代のスパイスカレー店も増えています。写真は「ニューヤスダヤ」

いま再び「神戸をカレーの街へ」

と、そんなことを「ラージクマール」片山さんと何度か話しているうちに、トークイベントの企画が持ち上がりました。2021年6月20日、神戸「ラージクマール」にて、トークショー「神戸はカレーの街だった?」開催。

登壇は「ラージクマール」片山さんと私のほか、カレーYouTuberくわちゃん、「玉鬘」のママ、「サンラサー」まりこさんという、個性派ラインナップ。

上に述べたような神戸のカレー事情をトークしているうち、神戸を今よりもっとカレーで盛り上げるためにはどうすればいいか?という話に。
一つはやはり、若手カレー店店主と華僑系、印僑系、洋食系オーナーの間の連携強化。そしてもう一つの鍵は、「北インド」というキーワードではないか、と話させていただきました。

実は、東京や大阪でも盛り上がっているのは南インドだったりスリランカだったりして、北インド料理は軽視されがち。(今や日本最大規模のインディアンタウンとなった東京・西葛西にも、南インド出身のIT技術者が多いのです)

一方、長きにわたる印僑文化の礎がある神戸では、家庭料理、宮廷料理から、パーティ料理、コース料理と多彩な北インド料理がいただけるのです。その多様さとレベルの高さは日本一。

ニューデリーで創業1939年、1973年神戸に進出した「ゲイロード」の豪華北インド料理

このアドバンテージを生かし、大阪とも東京とも違う、北インド(もしくはパキスタン)料理を下敷きにした新たなカレーが次々と生まれてくるならば、それはもう他の街に負けるわけはありません。場合によってはそこに洋食や中華のエッセンスが加わってきても面白いではないですか。

北インドのカレーにスリランカなどの要素を加えた「ラージクマール」のカレー

神戸の過去と現在を繋ぎ、再び「神戸をカレーの街に」。今後の展開が楽しみです。

さて、次回はどんなFlightをしてみましょうか。

PROFILE

松 宏彰(カレー細胞)
カレーキュレーター/映像クリエイター

あらゆるカレーと変な生き物の追求。生まれついてのスパイスレーダーで日本全国・海外あわせ3000軒以上のカレー屋を渡り歩く。雑誌・TVのカレー特集協力も多数。Japanese Curry Awards選考委員。毎月一店舗、地方からネクストブレイクのカレー店を渋谷に呼んで、出店もらうという取り組み「SHIBUYA CURRY TUNE」を開催している。

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