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着ぶくれ手帖 特別対談 松浦弥太郎と金子恵治が語る、お洒落と自意識と物欲と。前編
Yataro Matsuura × Keiji Kaneko

着ぶくれ手帖 特別対談
松浦弥太郎と金子恵治が語る、
お洒落と自意識と物欲と。前編

バイヤーの金子恵治さんが、ファッションに関するありとあらゆることを掘り下げていく連載「着ぶくれ手帖」。今回は、最近急速に親交を温めている、エッセイストの松浦弥太郎さんとの対談をお届けいたします。多くのものを蒐集、所有してきたお二人だからこそ見えてきた物欲の果てとは? 「結局男ってそういうところあるよね」というような極めて親近感の高い物言いなんかも出てきたりして、対談は大盛り上がり。そんなこんなで前後編でお届けいたします。

  • Photo_Shota Matsumoto
  • Text_Yuichiro Tsuji
  • Edit_Ryo Komuta

「501®」のポケットに文庫本を入れて歩く。

松浦: このシャツはもちろん1枚でも着られるんですけど、最近は気分的にインナーにTシャツを着るようにしてます。1枚でシャツを着られるようになれば、ひと皮剥けるんだろうなといつも思うんですけどね(笑)。

金子: 松浦さんはひと皮どころじゃなく、ふた皮くらいいってると思いますよ(笑)。

松浦: 若い頃は逆にシャツの下にTシャツを着るのは子供だと思ってたんですよ。だけど、最近はインナーを着るようになりました。しかも〈ヘインズ(Hanes)〉の赤パックにまた戻りましたね。

ーそれは意外です。

松浦: ぼくが17歳くらいの頃は、〈ヘインズ〉の赤パックを上野のアメ横でひたすら探していた時代でした。そのかっこよさといったら、これもまた衝撃的だったんです。それまでは日本のメーカーのインナーしか知らなかったから。それで〈ヘインズ〉の赤パック、つまりアメリカ製のTシャツを初めて知るわけですけど、長く着ていると首回りがヨレヨレになったりして、それがイヤだから他のTシャツを手に取ったりもしましたけど、いまはふた回りくらいして、やっぱり〈ヘインズ〉がいいなと思ってます。

ーどういったところがいいんですか?

松浦: あまり上質ではないという、ヨレヨレになるところも含めて、日常に気楽に着られるんですよ。

金子: そしてまた10年くらい経ったら気分が変わったりするんですよね。「やっぱり首が詰まってるほうがいい」って(笑)。

松浦: そうなんです(笑)。Tシャツの上にジャケットを羽織るスタイルが生まれたのはここ20年くらいのことだと思うんですけど、それによってTシャツがよそゆきのものになって、いいTシャツがたくさん出てきましたよね。それで〈ヘインズ〉の赤パックがみんなの記憶の片隅に追いやられてしまった。ぼくは最近赤パックを着て、初心を思い出しましたよ(笑)。そういえば初めて着たときに感動したなぁって。

ー赤パック以外で当時着ていたものをまた着ようとはならなかったんですか? たとえば〈リーバイス®(Levi’s®)〉の「501®」なんかも、そうしたアイテムに含まれると思うんですけど。

松浦: 「501®」は時代が変わってもずっと穿けるじゃないですか。

金子: 本当に定番中の定番ってことですよね。ずっと一定というか。

松浦: だけど、自分が乗り越えなければならないものがあるんですよね。

ーそれはどういうことですか?

松浦: 「501®」ってモテないんですよ、いまもむかしも。

金子: すごいワードがでましたね(笑)。

松浦: ぼくが20歳くらいの頃、当時はDCブランドやイタリアブランドが全盛の時代でした。ぼくはアメリカを行ったり来たりしてたから、アメリカかぶれなんですよ。それで「501®」を穿いて、〈ヘインズ〉のTシャツを着て、足元は〈コンバース(CONVERSE)〉を合わせてましたけど、そういうスタイルって女の子に見向きもされない。本当にモテなかったですよ。だけどそれでも「501®」を穿き通すっていう意思の強さが必要だったんです。

ー硬派と軟派の分かれ道というか。

松浦: サンフランシスコを初めて訪れたとき、〈リーバイス®〉のショップへ行ったんですよ。あそこには〈リーバイス®〉の本社があって、せっかくだから「501®」を買おうと思ったんです。お店に入ると白髪のおじさんがぼくのことを見て、34インチのデニムを渡してくるんですが、どう見てもサイズがデカい。ぼくはまだ18歳くらいで、モテたいからスタイリッシュに穿きたいわけです。ポケットもバカでかいし。でもそのおじさんは「34でいい」と言うんですよ。「これはワークパンツだから」って。

そのときにハッとしたのを覚えてますね。それで言うことを聞いて、34インチを手に入れました。「1週間穿いて、洗濯して持ってきたら裾上げしてやる」と言われて、その通りにして持っていったら、全然ブカブカなんだけど「それでいい」と。つまり「501®」はファッションアイテムではなくて、働く人のパンツだからカラダを締め付けちゃダメということなんですよ。

松浦: ポケットに帽子やグローブを入れるとサイズがちょうどよくなるということで、そのおじさんがお店にディスプレイしてあるペーパーバックを入れてくれたんだけど、すごくしっくりきたんです。つまり、「ウエストなんてベルトで絞めればいい」ということなんです。

服っていうのはおしゃれをするものでもあるんだけど、日常の道具なんだということをそのおじさんが教えてくれた気がして、それからデニムは大きめのサイズを買うようにしてます。ただ、そうするとさらにモテなくなるんですけど(笑)。

金子: ぼくも道具として使われている服を見ると、めちゃくちゃ惹かれますね。

松浦: それ以来、ぼくはかっこつけて文庫本を「501®」のポケットに入れて歩くようになりました。女の子とデートをするときも2冊くらい入れていたんですけど、「なに読んでるの?」って聞かれるとうれしくて(笑)。

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