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蔡俊行フイナム発行人ファッション関係のマーケティング全般に関する仕事が主業務。WEBマガジン「フイナム」の発行主。

代官山通信

蔡俊行
フイナム発行人

ファッション関係のマーケティング全般に関する仕事が主業務。WEBマガジン「フイナム」の発行主。

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ユダの感想文

2009.07.08

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 書けというので書きます。書評的な高尚な文章は書けません。そんな才能ないし。でもステーキのために夏休み前の読書感想文的なレベルで。

 先日この欄で紹介した、元キャバクラ嬢、立花胡桃さんのデビュー作「ユダ」を読了しました。あっという間。上下巻500ページ弱ですが、改行が多く、平易な文なのでまるで下り坂をランニングしているような気分で読み切りました。結論からいうとおもしろかったです。色んな意味でのおもしろさです。たぶん普通に書店で出会っても手にも取らなかった本だと思います。ある意味、読んで良かったとも思いました。いえいえお愛想とかではなく。

 まず業界の符丁にやられます。「風紀」とか「太客」とか。オウム真理教事件の時、「ポア」とか「グル」という単語が日常シャレで使われたように、ちょっとしたマイブームになりそうです。「風紀」の意味は黒服とキャバ嬢の恋愛、つまり社内恋愛を刺します。「太客」は金をいっぱい使ってくれる上客のこと。まあクライアントですね。こういうのは分かってくれる、つまり同じ情報を共有している者同士でしか盛り上げれません。そう言う意味で皆さんにもぜひ読んでもらいたい。いえ、ステーキを期待しているとかではなく。

 もうまったく価値観の違う世界、人物たち。物語上の多少の無理も道理のうちかななんて思ってしまいます。でも価値観が違う人々だからこそ興味深いしおもしろいんですよね。読書って、登場人物達の生活の疑似体験ですから。でもこの価値観の違いは死ぬまで交差しないでしょう。

 そんなことをいうとまるで自分がどこかの両家の子女のような上から目線のように誤解されそうですが、そうではないです。ぼくも元はヤンキーですから登場人物の行動様式とかメンタリティは少なからず理解できます。しかし、3000万円もキャバ嬢に貢ぐ男とか、ちょっと最後の最後で押しが足らないというか、どうにもキャラは濃いのに淡泊なのですね、男どもが。あぶく銭って持った機会が無いからなのか、まったくどうにもそのあたりの価値観が分かりません。書けない部分を覆うつもりではしょって書いているのか、それともそこにマイナスの脚色があるのか分かりません。

 それとやはり最も分からないのはキャバ嬢、特に胡桃さんの価値観ですね。具体的にどうかというのはまあ、読んでもらうしかないです。男と女の違いだし、人生の中でなかば自棄になっている時もあったでしょうから。

 文章は、本人が書いたことに間違いはないでしょう。ゴーストライターではもうすこしプロっぽくなるはずです。でもここまでぐいぐい読ませる力を持っているストーリーにたいして、文章の上手下手ってどの程度の意味があるのでしょう。読み進むうち見出しなのか、内面の声なのか、説明文なのかわからない文節も出てきますが、物語に引き込まれるのでだんだん気にならなくなります。要するに馴れるんですね。そうか、これまで自分が良い文章って思っていたのは、長い年月を掛けて体系化された読みやすく理解しやすい構造の公約数的文章だったのかなんて思ってしまいました。まあそんなことを根源的に考えさせてくれる力強いストーリー性のある小説です。

 物語性だけで言えば、凡百の私小説なんてぶっ飛んでしまいます。グダグダつまんねえこと書きやがって、なんて怒りの声が聞こえてきそうな開き直った強さというか、直球勝負というか。そこがヤンキー的たる所以なんですが。

 ぼく的に暴論吐かせてもらえるならヤンキーに詩人はいないと断言します。まあいくらかはいるかも知れません。でもそう定義させてください。ヤンキーは行動様式は直截です。スピーディです。なのでややこしい、まどろっこしさは嫌います。短気でせっかちなんですね。これはそんな文章です。

 話がそれましたがここまで波瀾万丈な人生を送れる人はそうザラにはいません。ぼくがマンガ編集者なら間違いなく成人誌での連載を企画します。テレビの編成関係者ならこれをベースにしたドラマを考えます。間違いなくヒットするでしょう。

 この物語は「恋」の物語が底流に敷かれています。「愛」ではないんですね、「恋」なんです。そこが青春小説のようなんです。やってることはむちゃくちゃなんですけど。

 それにしてもこんな物語を上下巻にして売りに出した祥伝社と担当のN女史はすごいです。すでに増刷が決まったと言うから「1Q84」に迫る勢いでしょう。

 たぶんそこら辺に渋谷や原宿、あるいは六本木にいる18から24くらいの女性がこれと「1Q84」を読み比べたとしたら(あくまで両方を完読したという想定で)、間違いなく98%の女性が「ユダ」の方が面白かったと言うでしょう。

 え? ぼく? 

 うーん、「ユダ」かなあ。

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