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COLUMN

Curry Flight

文・写真:カレー細胞

ラーメンと並ぶ日本のソウルフード・カレー。こと近年は、めくるめくスパイスの芳醇な香りにトバされ、蠱惑の味わいに心を奪われる“中毒者”が後を絶たない。そして食べると同時に、語りたくもなるのもまたカレーの不思議な魅力だ。この深淵なるカレーの世界を探るために、圧倒的な知識と実食経験を誇るカレー細胞さんに、そのガイド役をお願いした。カレーは読み物です。
 
カレーを巡る、知的好奇心の旅。
今日もカレーで飛ぼう。知らないどこかへ。

第12便 スパイス酒の時代が来る。

この9月は忙しく、かつ学びの多い月でした。

2020年9月2日から22日までの3週間、西武池袋本店にて、筆者(カレー細胞)プロデュース『東京カレーカルチャー』というイベントが開催されたのです。

“カレーは文化だ。”を旗印に、3階婦人服売り場(カレーなのに!)では「カレー×音楽」「カレー×ファッション」「カレー×アート」「カレー×ライフスタイル」という4つの切り口で物販やライブイベントを実施。

「音楽」では今年「カレーの店・八月」をオープンした曽我部恵一さんが参加。
カレーのためのメロディを譜面にしたTシャツ販売や、曽我部さんとのトーク&ライブも実現。

「ファッション」ではanomaさんによるスパイスアクセサリーが人気。本物のスパイスで作っている。

「アート」では武田尋善画伯によるライブペインティングを。絵の具にスパイスを混ぜ込んだ「二次元咖喱」が完成した。

「ライフスタイル」ではインドの食器や弁当箱が売れまくる。自宅需要の高まりを感じた。

地下1階では筆者がセレクトしたとっておきのカレー店たちが週替わりでイートイン。

第一週は「カルパシ」。その後「negombo33」「ハブモアカレー」と続いた。

コロナによる自粛ムードで、人がワァーッと集まる飲食系イベントの開催が困難となっているなか、新たな試みとして行ったこのイベント。
リモートだと伝わらない生の声を聞き、それぞれの暮らしにいま何が起こっているのかを探るため、私も毎日売り場に立ってみました。
(全日程売り場に立ったのですが、打ち合わせなどで離席中に来てくださった皆さん、すみません。)

やはり、ネット経由やリモートではわからない、リアルな気付きを得ることができました。

その気づきのうちの一つが“スパイス酒の時代が来る。”です。

「カレー×ライフスタイル」の提案として食器とともに扱ったのが、自宅で手軽に楽しめるスパイスセット。
そのなかでも圧倒的売れ行きを見せたのが、「スパイス酒」キットだったのです。

「スパイス酒」キットとは?

「スパイス酒」(読みは、すぱいすざけ/すぱいすしゅ。いずれもOK)といってもお酒を売ったわけではありません。
婦人服売り場でお酒を売るなんてハードルが高すぎるし割に合わない。
そこで考えたのが、「自分で買ってきた酒に入れて漬け込めばスパイス酒が出来上がるスパイスミックス」。

焼酎用、ウォッカ用、ジン用の三種類を用意、それぞれ750ml前後のお酒に漬け込んで2週間から1ヶ月待てば香り高いスパイス酒が出来上がるという仕立て。

ただボトルに入れて待つだけなので、スパイスの知識もテクニックも不要。

製造をお願いした荻窪・「東京スパイスハウス」さんはスパイスの品質に定評があり、自宅がスパイスだらけのマニアならいざ知らず、これだけのスパイスを揃えるとなると大変になる。
しかも、漬け込む酒は「シンプルで安いモノがいい」。
そのほうがスパイスの香りが際立つからです。

ZOOM飲みなど自宅飲み需要が高まるなか、安価に特別感が味わえる、創る楽しみを手軽に味わえる。
これは売れるのではないか、そう思って準備したのですが、蓋を開けてみると予想外の売れ行きスピード。
初回入荷分は初日で完売し、以後会期中は増産、増産の自転車操業となったのです。
(「東京スパイスハウス」さん、本当にお疲れ様でした。)

当初の狙いは「スパイス初心者向け」だったのですが、飲食業界の方にたくさんお買い上げいただけたのも印象的。
さらに面白かったのは、平日はバラの花びらを加えた「焼酎用」が先に売れ、土日はジュニパーベリーやネパール山椒を加えたハードコアな「ジン用」が先に売れるという現象。
パッと惹かれたものを買う平日と、買う気で来て吟味する土日という購買行動の違いも感じることができました。

ジュニパーベリーはジンを製造するとき香りづけに用いる果実。それをさらにジンに漬け込むと香りがブーストされる。

じわじわ来ているスパイス酒

実は私がスパイス酒を提案するのは今回が初めてではありません。
2018年あたりからじわじわ、スパイス酒ムーブメントがやってくる気配は感じており、2019年渋谷にオープンしたDJ Bar「東間屋」にアドバイザーとして参加した際にはスパイス酒を置いてもらいました。

「東間屋」で常時いただけるスパイス酒は2種。
独特の痺れがクセになる「山椒ジントニック」と、香り高い「カルダモンウイスキー」。
いずれも今や大人気です。

グラス縁にはパウダー、底には粒と山椒尽くし。山椒ジントニックは「東間屋」で。

東京では他にも、インド料理に合うスパイスカクテルが楽しめる「バンゲラズキッチン」、スリランカの蒸留酒アラックとスパイス酒が楽しめる「カレーショップ初恋」、ゴールデン街でスパイス酒が楽しめる「シーホース」など。
大阪でも今年になって、カルダモンを漬け込んだお酒を置くお店が増えており、スパイス酒の愉しみは全国的に広がっています。

「バンゲラズキッチン」のスパイスカクテルは種類も豊富。

スパイスを漬けこんだお酒が並ぶ「カレーショップ初恋」。店員さんに聞いてみると良い。

なぜ、今スパイス酒なの?

「スパイス酒の時代が来る。」私がそう確信している理由はいくつかあります。

一つめは飲食全般におけるスパイス需要の高まりです。
スパイス=カレーの時代は終わり、いまや様々なジャンルの料理にスパイスを取り入れる動きが見られます。
これには日本の気候の変化による食嗜好の変化もあるだろうし、西洋コンプレックスから脱却しアジア料理の地位が向上してきたこととも関係があると思っています。

二つめはカレー店(及び隣接ジャンル店)の客単価向上です。
以前の記事でも書いた通り、そもそもカレーには給食・レトルト・手料理のイメージが強く、外食でも売値を上げることが難しい現状があります。
(解決せねばならない課題です)

となるとお酒の売り上げで利益をカバーすることになるのですが、昨今はお酒を頼まない客も多い。
スマホでググれば仕入れ値が見えてしまう世の中ですし、お酒の売値を上げるにも限界がある。

そこで、市販の酒にひと手間かけたスパイス酒が役に立つのです。
お店で仕込んでしまえば手間はかからないうえに単価を上げることができる。
お客がスパイスのお酒の相性に気づいてくれたら、小鉢のスパイス料理をどんどん出してマッチングを楽しんでもらうこともできるわけです。

そして三つめが、今回のイベントで証明された自作需要の高まりです。
コロナ禍で家に籠っていると、月日が過ぎるのが早く感じます。
「何かに取り組みたい」「特別な体験で発散したい」。
そんな需要に「簡単で」「時間をかけ」「特別感を味わえる」スパイス酒がズバリ嵌まったのでしょう。

以上三つの理由はいずれも不可逆な動きです。
スパイス酒の需要が今後どんどん高まっていくのは間違いありません。

「東京カレーカルチャー」イベント最終日には東京スパイスハウス川久保さんによる
「オーダーメイドスパイス」イベントを実施

スパイス酒やホットワイン、クラフトコーラ用にスパイスブレンドをオーダーする客も。

スパイス酒を作ってみたい!

自宅でスパイス酒を作ってみたい!そんなときまずおすすめのスパイスはカルダモン。
「神の河」などの麦焼酎や「サントリー角」などプレーンな味のウイスキーに良く合います。

「東間屋」のカルダモンウイスキー。カルダモンの香りが存分に愉しめる。

その次は好みに合わせ、シナモンやコリアンダーシードとのブレンドにも挑戦してみましょう。
いくつかのスパイスを組み合わせたスパイス酒を作るときのコツは、「ベースは安いお酒でいい」ということ。
クセや香りの弱い酒の方が、スパイス自体の香りが楽しめるからなんです。

いつのもお酒にスパイスを加えるとビックリするほど香りが華やかに。
それぞれのスパイスの香りや特徴を知るのにもスパイス酒は最適です。
ぜひ、カレーとのマッチングを楽しんでみてくださいね。

さてさて、次回はどんなFlightをしてみましょうか。

PROFILE

松 宏彰(カレー細胞)
カレーキュレーター/映像クリエイター

あらゆるカレーと変な生き物の追求。生まれついてのスパイスレーダーで日本全国・海外あわせ3000軒以上のカレー屋を渡り歩く。雑誌・TVのカレー特集協力も多数。Japanese Curry Awards選考委員。毎月一店舗、地方からネクストブレイクのカレー店を渋谷に呼んで、出店もらうという取り組み「SHIBUYA CURRY TUNE」を開催している。

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