女性にはモテないけど、男にはモテる。
松浦: いまの話でもうひとつ思い出したエピソードがあります。あるときニューヨークの中古カメラ屋で、ぼくの前にいた背の低い痩せた男性が店員と揉めてたんですよ。よく見ると、その人はアレン・ギンズバーグだったんです。
金子: えぇ~! これまたすごいですね。
松浦: 彼もオックスフォードのレギュラーカラーシャツを着ていました。そしてパンツは〈L.L.ビーン(L.L. Bean)〉のホワイトデニムだったんですが、大きなサイズをギュッとベルトで締めて穿いてましたね。全然洗ってなさそうなんですけど、それがまたかっこよくて。たぶんもともと太っていたけど、痩せてしまってシャツもデニムも大きくなっちゃったんでしょうね。シャツの胸ポケットにはペンが30本くらい入っているんですよ。すごいでしょう? ポケットが下に落ちそうでしたよ。
普通だったらそんなに入れないけど、彼にとっては必要なんですよね。シャツが完全に筆箱になっていました。自分も影響されて、次の日からシャツにペンを入れて持ち歩きたくなりました(笑)。結局なにを着るかというよりも、なにをどう着て、どう使うかっていうことのほうが大事な気がします。
ー松浦さんのパンツの色もホワイトで、大きなサイズで穿かれていますね。

松浦: これは60年代の〈リー〉の「ウエスターナー」で、30年以上前に古着屋で購入したものです。金子さんはご存知だと思いますけど、〈リー〉のパンツは「501®」よりもジャストサイズで穿くのが難しくないですか? だから大きいサイズのほうがいい。そうすると、道具っぽくなりますよね。
金子: まったく同感です。昔のカウボーイの大会では、ピエロが広告を持って登場するんですけど、彼らは大きな〈ラングラー(Wrangler)〉のデニムを穿いているんです。それは完全にピエロ仕様になっているから、逆に機能がいらないということで、片方のヒップポケットがダミーだったりするんです。それを参考に「レショップ」でも〈リー〉にピエロパンツをつくってもらったことがあります。あと〈リー〉ってヒップポケットが離れてるんですよね。
松浦: そうそう、これがポイントですよね。32や33インチくらいまでは普通なんですけど、34インチくらいからすごく離れる。これだけ離れていると、座ったときにポケットがサイドにくるんです。なんというか、この不恰好さがいいというか。

金子: わかります。すごくいいですよね。
松浦: ポケットが横にくることで、座ったままでもハンカチなどを取り出しやすい。これは〈リー〉をオーバーサイズで穿いたときの特権です(笑)。
金子: ポケットの寸法はサイドから何インチというのが決まっているそうなんです。だから34インチも40インチも同じところについていて、大きくなればなるほど広がっていくようなんです。
松浦: これも機能性ですよね。だから「ウエスターナー」も女性にモテません(笑)。だけど、男にはモテる。歳を取るにつれて、だんだんとモテなくてもいいやとなってきますね。そこは大きく乗り越えた気がします。
ーベルトはどちらのアイテムなんですか?
松浦: これは〈エルメス(Hermes)〉のものなんですけど、初めてパリに行ったときだから20代の終わりくらいに買ったアイテムですね。

金子: こんなベルトがあるんですね。
松浦: これもずっとつけているアイテムです。もともと馬具をつくっているブランドだから、革と金具がいい。やっぱりイギリスも多いですけど、馬の文化があるところのものがいいなと思って。「ウエスターナー」のような作業着っぽいパンツに日常的に高価なブランドのものをつけるのは、ぼくのなかでアンチテーゼみたいな気持ちがあります。〈エルメス〉はみんなが知る素晴らしいブランドですけど、本来は馬具メーカーですからね。それを道具として使うのがいいんじゃないかと思って。そこにはちょっとだけモテたいという下心も含まれますけど(笑)。
金子: そんな気持ちも含まれているんですね(笑)。
松浦: ここだけは許してくださいっていう(笑)。そうやって自分でバランスを取っているんですよ。
ー靴もすごく特徴的ですよね。

松浦: サンフランシスコからクルマを3時間くらい走らせたところにサクラメントという街があるんですけど、これはそこの郊外でつくられているものです。歩くための靴で、自分の足を型にして完全にオーダーメイドでつくってくれるんですよ。これも20年以上は履いています。デザインがいいか悪いかは置いておいて、時間をかけて手でつくってもらったものだから、ぼくにとってはすごく思い入れのあるアイテムです。
金子: 〈ビルケンシュトック(BIRKENSTOCK)〉のソールなんですね。
松浦: そうですね。すごく履き心地がいいんですよ。自分の足の形をしているから。これもソールを張り替えたりしながら手入れをして、ずっと履いています。
やっぱり今日着ているものはどれも特別なもので、どこでどうして買ったかというストーリーも含めて、すごく愛着がありますね。そういうものがやっぱりいいなと思うんです。